こんにちは、佐伯です。
最近、日本海側や東北の方ですごい雪になっていますね。
ニュースを見るたびに、数年前の「あの日」のことを思い出します。

当時は、今みたいに「危ないから通行止めにします」というルールがまだ少なくて、大雪の中でもハンドルを握ることがよくありました。
その中でも、32年の仕事人生で一番心に残っている、ある冬の日のエピソードをお話ししますね。

「どこにも断られて困っているんです」

8〜9年くらい前だったでしょうか。
一本の電話が入りました。
病院で亡くなったお父様を、新潟の山奥にあるご自宅まで運んでほしいというご相談です。

でも、その日は記録的な大雪。新潟市内ならなんとかなるかもしれませんが、山奥となると話は別です。
ご家族は他の業者さんにも何軒も断られたそうで、本当に困り果てた様子でした。

「無理をして事故を起こしては元も子もない……。でも、なんとかしてあげたい」 迷った末に、私は条件付きでお受けすることにしました。
「もし本当に危険だったら、一度引き返して日を改めて出直します。それでもいいですか?」 ご家族は「お願いします」と言ってくださいました。

関越トンネルを抜けると、そこは真っ白な壁でした

お昼過ぎに東京を出発して、関越道を走ります。
群馬側はなんてことなかったのですが、トンネルを抜けた瞬間……そこはもう別世界。

視界は真っ白、道路もどこが車線かわかりません。
私は雪国育ちではないので、正直、雪道の運転はめちゃくちゃ怖いです。
でも、私は「これくらいビビりながら慎重に運転する方が安全だべ」と自分に言い聞かせて、時速30キロでノロノロと、恐る恐る進みました。

目的地は、さらにその先の山の中

ようやく新潟のインターを降りましたが、本当の戦いはここからでした。
そこからさらに山へ向かって30キロ。すでに時間は夜の21時を回っています。

除雪は一応してあるのですが、雪が降るスピードが早すぎて、みるみるうちに雪が積もっていきます。
「ここで止まったら雪に埋まって動けなくなる!」という恐怖で、心臓がバクバクです。

必死の思いで走り続けること2時間!
ようやくご自宅に到着したときは、もう夜中の11時。家には20名くらいのご家族と親族が、今か今かと待っておられました。
無事にお姿を見る事ができた時のご家族の喜ぶ顔を見て、「あぁ、お引き受けして本当によかった」と、疲れが吹き飛ぶ思いでした。

翌朝、私の車が消えた……?

その日は近くのホテルに泊まったのですが、翌朝起きてさらにびっくり!
「数年に一度」という猛吹雪で、駐車場に行っても「私の寝台車が雪に埋もれてる・・・」。
全部雪に埋まって、ただの白い山になっていました(笑)。

必死に雪をどかしている最中、急に吹雪いてきて「ホワイトアウト(目の前が真っ白)」に。1メートル先も見えず、命の危険を感じて慌てて車内に逃げ込みました。あんな経験、初めてです。
関越トンネルを抜けて関東平野が見えたとき、その「平和な景色」に心底ホッとしたのを今でも覚えています。

雪国への搬送は、私たちにとっても本当に難易度が高いお仕事です。
でも、そこには必ず「どうしてもお家に帰りたい」という大切な想いがあります。

今日も安全第一で、一歩一歩、丁寧にご搬送していきたいと思います。
皆様も、雪道や足元にはくれぐれもお気をつけくださいね。

それでは、また!