12月も中旬を過ぎ、今年も残りわずかとなりました。年を重ねるごとに、一年が過ぎ去るスピードが早くなっているように感じます。
ふと、自分の原点である「下積み時代」のことを思い出しました。
今でこそ葬儀のマニュアルは整備されていますが、30年前は「とにかく先輩の鞄持ちをして、見て盗め!」という時代。不動産営業からの転職で、礼儀作法には自信があった私ですが、お葬式の知識に関しては全くの素人。毎日が必死の勉強でした。
95%が自宅葬。町全体で送り出したあの頃
現代では想像しにくいかもしれませんが、当時の葬儀の95%は自宅や自治会館、寺院で行われていました。会葬者が100〜300名というのも当たり前。
葬儀を成立させるには、ご近所様や自治会の協力が不可欠でした。
何度も現場を重ねるうちに、自治会の方々とも顔見知りになります。すると不思議なもので、言葉を交わさずとも「阿吽の呼吸」で連携が取れるようになっていくのです。あの独特の「地域で送り出す」という一体感は、今の時代には少なくなった、古き良き日本の姿だったのかもしれません。
試されるチームワークと「先読み」の力
私の役割は、上司が司会進行に専念できるようサポートすること。
特に意識していたのは、「上司が次に何を求めているか」を推測し、先回りして動くことです。
• 受付の進捗はどうか?
• 参列者の人数と焼香のペースは?
• 駐車場の混雑状況は?
これらを常に把握し、適切なタイミングで上司に報告します。この連携が一つでも崩れれば、式全体が滞ってしまう。葬儀はまさに、究極のチームワークが問われる現場でした。
芯まで冷えた身体に染みた、忘れられない味
今でも忘れられない光景があります。みぞれ混じりの、猛烈に冷え込んだ自宅葬のお通夜。
200名近い参列者を誘導し、外で走り回っていた私は、式が無事に終わった安堵感とともに、急激な寒さに襲われました。
当時は「炭缶ストーブ」で暖を取っていましたが、芯まで冷え切った体には焼け石に水。
そんな私を見て、上司が「これから温かいものでも食べに行こう」と誘ってくれました。
連れて行ってもらった小料理屋で食べた食事の美味しさと、喉を通る温もり。あの味は、30年経った今でも鮮明に覚えています。
経験とセンスが問われた時代
ちなみに、私は自他共に認める「雨男」でして、当時は70%の確率で雨。
自宅葬は天候によって設営や段取りが大きく左右されるため、担当者の判断一つで全てが決まります。「経験とセンス」が何よりの武器だったあの頃の経験は、間違いなく今の私の糧となっています。
今でも、当時担当させていただいたお宅の前を通ると、当時の光景が昨日のことのように蘇ります。
当時の設営記録や司会メモは、今も私の大切な宝物です。

